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所長の部屋

2017年6月12日 月曜日

「吾輩は猫である」は、お勧め作品です。

私は、夏目漱石のファンです。
中でも「吾輩は猫である」は、とても好きな作品の一つです。
作品では、人間の日常、悲喜交々を、猫の目をとおして、如実に述べられています。

その中でとても記憶に残る部分があるので紹介します。
結論から言うと、近い未来、夫婦がなくなるというのです。
明治時代になって、人々が「個性」というものを主張し始めた。「個人」が強くなったと思っているが、それはお互いさまで、お互いが強くなったものだから、容易に攻撃できなくなった。強くなったと思ったら逆で、お互いに弱くなってしまった。弱くなったのは面白くないから、ちょっとした人の失敗を見つけようとする。人と人との空間がなくなって窮屈になる。それがやがて、親子の別居になり、最終的には夫婦の崩壊になるというのです。

離婚、遺言、相続など、人の権利を守る業務をしている私からすると、とても感慨深い部分です。
非常に考えされられます。
それにしても、現在の核家族化、家庭裁判所へ申し立てられる離婚調停の多さと離婚率の高さについて、夏目先生は100年も前から予言していたのですね。
是非、ご一読を。

以下原文
「そう云う知己ちきが出てくると是非未来記の続きが述べたくなるね。独仙君の御説のごとく今の世に御上の御威光を笠かさにきたり、竹槍の二三百本を恃たのみにして無理を押し通そうとするのは、ちょうどカゴへ乗って何でも蚊かでも汽車と競争しようとあせる、時代後れの頑物がんぶつ――まあわからずやの張本ちょうほん、烏金からすがねの長範先生ちょうはんせんせいくらいのものだから、黙って御手際おてぎわを拝見していればいいが――僕の未来記はそんな当座間に合せの小問題じゃない。人間全体の運命に関する社会的現象だからね。つらつら目下文明の傾向を達観して、遠き将来の趨勢すうせいを卜ぼくすると結婚が不可能の事になる。驚ろくなかれ、結婚の不可能。訳はこうさ。前ぜん申す通り今の世は個性中心の世である。一家を主人が代表し、一郡を代官が代表し、一国を領主が代表した時分には、代表者以外の人間には人格はまるでなかった。あっても認められなかった。それががらりと変ると、あらゆる生存者がことごとく個性を主張し出して、だれを見ても君は君、僕は僕だよと云わぬばかりの風をするようになる。ふたりの人が途中で逢えばうぬが人間なら、おれも人間だぞと心の中うちで喧嘩けんかを買いながら行き違う。それだけ個人が強くなった。個人が平等に強くなったから、個人が平等に弱くなった訳になる。人がおのれを害する事が出来にくくなった点において、たしかに自分は強くなったのだが、滅多めったに人の身の上に手出しがならなくなった点においては、明かに昔より弱くなったんだろう。強くなるのは嬉しいが、弱くなるのは誰もありがたくないから、人から一毫いちごうも犯おかされまいと、強い点をあくまで固守すると同時に、せめて半毛はんもうでも人を侵おかしてやろうと、弱いところは無理にも拡ひろげたくなる。こうなると人と人の間に空間がなくなって、生きてるのが窮屈になる。出来るだけ自分を張りつめて、はち切れるばかりにふくれ返って苦しがって生存している。苦しいから色々の方法で個人と個人との間に余裕を求める。かくのごとく人間が自業自得で苦しんで、その苦し紛まぎれに案出した第一の方案は親子別居の制さ。日本でも山の中へ這入って見給え。一家一門いっけいちもんことごとく一軒のうちにごろごろしている。主張すべき個性もなく、あっても主張しないから、あれで済むのだが文明の民はたとい親子の間でもお互に我儘わがままを張れるだけ張らなければ損になるから勢いきおい両者の安全を保持するためには別居しなければならない。欧洲は文明が進んでいるから日本より早くこの制度が行われている。たまたま親子同居するものがあっても、息子むすこがおやじから利息のつく金を借りたり、他人のように下宿料を払ったりする。親が息子の個性を認めてこれに尊敬を払えばこそ、こんな美風が成立するのだ。この風は早晩日本へも是非輸入しなければならん。親類はとくに離れ、親子は今日こんにちに離れて、やっと我慢しているようなものの個性の発展と、発展につれてこれに対する尊敬の念は無制限にのびて行くから、まだ離れなくては楽が出来ない。しかし親子兄弟の離れたる今日、もう離れるものはない訳だから、最後の方案として夫婦が分れる事になる。今の人の考ではいっしょにいるから夫婦だと思ってる。それが大きな了見違いさ。いっしょにいるためにはいっしょにいるに充分なるだけ個性が合わなければならないだろう。昔しなら文句はないさ、異体同心とか云って、目には夫婦二人に見えるが、内実は一人前いちにんまえなんだからね。それだから偕老同穴かいろうどうけつとか号して、死んでも一つ穴の狸に化ける。野蛮なものさ。今はそうは行かないやね。夫はあくまでも夫で妻はどうしたって妻だからね。その妻が女学校で行灯袴あんどんばかまを穿はいて牢乎ろうこたる個性を鍛きたえ上げて、束髪姿で乗り込んでくるんだから、とても夫の思う通りになる訳がない。また夫の思い通りになるような妻なら妻じゃない人形だからね。賢夫人になればなるほど個性は凄すごいほど発達する。発達すればするほど夫と合わなくなる。合わなければ自然の勢いきおい夫と衝突する。だから賢妻と名がつく以上は朝から晩まで夫と衝突している。まことに結構な事だが、賢妻を迎えれば迎えるほど双方共苦しみの程度が増してくる。水と油のように夫婦の間には截然せつぜんたるしきりがあって、それも落ちついて、しきりが水平線を保っていればまだしもだが、水と油が双方から働らきかけるのだから家のなかは大地震のように上がったり下がったりする。ここにおいて夫婦雑居はお互の損だと云う事が次第に人間に分ってくる。......」
「それで夫婦がわかれるんですか。心配だな」と寒月君が云った。
「わかれる。きっとわかれる。天下の夫婦はみんな分れる。今まではいっしょにいたのが夫婦であったが、これからは同棲どうせいしているものは夫婦の資格がないように世間から目もくされてくる」


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投稿者 司法書士塩﨑事務所

司法書士塩﨑事務所
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